遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その44 "A veinte años, Luz " : 邦題  『ルス、闇を照らす者』 について

原作 A veinte años, Luz

翻訳の際、題名をどう訳するかは難しいでしょう。売れる様人目を惹く・語呂のいい題名にしようとか、出来るだけ原題に忠実にしようとか、内容を端的に表わすものにしようとか。翻訳の目的なり翻訳者の姿勢が表れるところですね。


山岡朋子さん(横山朋子さん)は、 『ルス、闇を照らす者』 となさったワケですが、翻訳書の訳者あとがき (6月1日の記事に寄り道するきっかけとなったもの、ソニー・マガジンズ発行 2001年6月30日 初版第1刷 450ページ) によると;

本書の題名は 「A veinte años, Luz 」、Luz −−− ルスとは本書の主人公の名前だが、スペイン語で 「光」 という意味もある。この題には、”ルスの二十年後” ”二十年後に光を” という二つの意味が重ねられている。今まで真相を明かされることのなかった歴史のひだに光をあて、本当の親を奪われた子どもたちに、ひいてはアルゼンチン国民全体に希望を与えたい、との著者の熱い思いが込められているのだ。


つまり、【 Luz = 名詞 = 光 = 人間の視覚を刺激して明るさをかんじさせるもの = 「闇」「影」 の反対語】、【 Luz = 固有名詞 = ルス】 の2つの意味があると云うこと。


他言語への翻訳はどうでしょう? 原作者HP (http://www.elsaosorio.com/Obras_publicadas.htm) によると;

言語       題名
         (日本語への訳、断り無き限りGoogle翻訳による)


イタリア語    I ventanni di Luz
         (ルスの20年)


フランス語    Luz ou Le Temps Sauvage
         (ルスや野生の天気予報、この訳はあまりにヒドイ。
          Livedoor翻訳によると; Luz or The Wild Time
          ルス、あるいは野蛮な時代 ですかね?)


ポルトガル語   Ha vinte anos, Luz
         (20年前、ルス)


ドイツ語     Mein name ist Luz
         (私の名前はルスです)


英語       My name is Light
         (私の名前は光)


オランダ語    Luz. Na twintig jaar, licht
         (ルス。 20年後、光)


スウェーデン語  Mitt namn är Luz
         (私の名前はルスです)


デンマーク語   For enden af mørket
         (暗闇の終わりに)


フィンランド語  NIMENI ON LUZ
         (私の名前はリュッズです)


ギリシャ語    Το Όνομά μου είναι Λους
         (私の名前はリュスです)


ヘブライ語?   Luz
         (ルス)


原題の2つの単語(群)について無理やり考察すると;

  • A veinte años (20年後)

    そのまま訳しているもの、訳していないもの、別の単語で置き換えているもの (フランス語、デンマーク語)の3つに分かれますね。
  • Luz (固有名詞としてのルス、一般名詞としての光)

    そのまま使用しているもの、翻訳しているもの、訳していないもの (デンマーク語) 、両方使用しているもの (オランダ語) の4つですかね。
  • スタイル;

    上記の組み合わせで、原題通りのスタイル、「私の名前はルス(あるいはその訳語)」 スタイル、および説明的なスタイルの3つでしょうか。個人的には、デンマーク語のものがいいね。

アルファベットから漢字の世界への翻訳の場合、アルファベットの仲間内、特に原語と同じ語族に属する言語への場合の翻訳と比べて相当ハンデがあります。山岡朋子さん(横山朋子さん)は;

  • 固有名詞としての 「ルス」 はそのまま活かし、
  • 一般名詞としての 「光」 はそのまま訳さずにその機能 (照らす) を表す言葉に置き換え、
  • 「20年」 についてはその実質の内容を表現する 「(歴史の)闇」 の言葉を充て、
  • 「者」 を使用することで、機能の主体が人物であることを表す


訳者あとがきにある様に、 「−−− 歴史のひだに光をあて、本当の親を奪われた子どもたちに、ひいてはアルゼンチン国民全体に希望を与えたい、との著者の熱い思い」 を表現なさった、と云うことですね。よく考えられ工夫されており、結果として原作にふさわしい邦題になった、とおもいます。著者と翻訳者の想いも一致していますね。「尖がった」 暴露・批判基調ではなく、登場人物をして様々な角度から意図的に 「ソフト」 に語らせてはいるものの、歴史の暗部が描かれているため、優れた小説であるにもかかわらずアルゼンチン本国での出版に困難を伴った作品です。(⇒ 09年3月02日付け 【翻訳家 山岡朋子さん その29  『ルス、闇を照らす者』 : Elsa Osorio さん コメントなど】 参照) 日本で、どうやってこの原著および翻訳の価値を再認識させようか?


最後にお遊びをひとつ; この邦題 『ルス、闇を照らす者』 をスペイン語へ訳すとどうなるか? 例えば "Luz, la que alumbra el abismo" かな?