遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その42: 文と書き手の関係 その3 − 『ルス、闇を照らす者』 のこと

勝田保世さんには、その文章を通じて、生き方を真似るほど 「惚れ込んだ」 ワケですが、翻訳家・エッセイストとしての山岡朋子さん(横山朋子さん)には別の形・別の意味で 「惚れ込み」 ました。このブログ全体が、一部スペイン語やらフラメンコ、中南米・世界の人権侵害やら直接関係なさそうなものも含まれていますが、プロフィールに記した通り山岡朋子さん(横山朋子さん)の翻訳を評価・応援するためのものですから、今まで稚拙ながら幾つかの考察を行ってきました。


今回は、別の角度から何故、どの様に山岡朋子さんに 「惚れ込んだ」 のか、その想いを書き連ねてみるつもり。


このブログを立ち上げたのは、元々自己啓発の書籍としては恐らく現在でも世界のベストセラーである 『人を動かす』 のティーンの女の子用バージョンの翻訳を読んでその読み易さに感心したことがきっかけ。翻訳者の職・経歴、エッセイや翻訳書のあとがきなどから複数の外国語に通じていらっしゃること、日本語および翻訳に対する造詣が深いことに加え、翻訳に対する問題意識をお持ちでかつそれを発信しておられること、翻訳および海外での生活を通じて社会にも積極的に関与されておられるなど単なる翻訳者の枠に収まらないユニークさを感じて、これは応援の価値ありと判断した訳で。


しかし本当に惚れ込んで復刊まで考え出したのは、『ルス、闇を照らす者』 (以下、『ルス』 と約します) の原作および翻訳の両方を読んでから。原作が出版されたのは1998年、翻訳が出版されたのは2001年、私が読んだのが2008年ですから、今更、の感は否めないかも知れませんが、今こそ改めて脚光を浴びるべき作品とおもいます。時間はかかってしまったが出会うことができて本当によかった、と思える原作と翻訳です。


−−−さて翻訳の場合、元の文章は別の人が書いたものですから、その意味では 「文は人なり」 の意味が二層構造となっている筈です。音楽に似ていますね。たとえば楽曲は、作曲家が創作した音楽を音符等の形で楽譜に記したものですが、通常作曲家以外の指揮者/演奏家がそれを復元しますから、○○○さん指揮/演奏、△△△作曲の曲名「□□□」、の形で実現する。つまり作曲家=原作者、楽譜=原作、指揮者/演奏家=翻訳家ってところでしょうか。すると、「文は人なり」 は各々 「原作は原作者なり」 「翻訳は翻訳家なり」 と言い換えられますね。


で、音楽の評価とは通常、指揮者/演奏家に対する評価と同義ですね。古典の場合、作曲家たるたとえばモーツァルトが批評されることは通常あり得ず、指揮なり演奏そのものだけが評価されますよね? 指揮者/演奏家の指揮/演奏技術、解釈の深さなどでしょうか。その意味では翻訳も同じですが、 『ルス』 の場合は原作者が現在活躍中ですから、原作も評価の対象となります。


『ルス』 の原作については、まだ全ては明らかになっていないアルゼンチンの 「歴史の暗部」 がテーマですから、歴史の俯瞰・啓蒙・告発書的な意味もありますし、そのユニークな構成と意図されたメッセージから、読み出したら止まらない優れた小説でもあることは今まで紹介の通り。原作者のメッセージにはまだまだ正当な評価が与えられているとは言えません。現在コロンビアで進行していること *1 は、正にこの小説が暴き出した通りのことでしょう。


翻訳に関しては、山岡朋子さん (横山朋子さん) にとってスペイン語の小説を訳すのは 『ルス』 が初めてとのことですから、一般的に言うなら 「処女作」 同様、どこかうぶなところがあって情熱のこもったものであることが多いですね。実際に読むと非常に生真面目に訳されており、それが結果としてこの小説の翻訳としては最適なものとなったのではないか、と私はおもいます。原作・翻訳とも同じイメージを描かせてくれると云うことは、今まであまり経験したことがありません。普通、微妙にズレるのです。ズレた結果として読み易くなって「売れ」 れば経済的には成功した翻訳となるのでしょうが、 「わかりにくい」 と云う声があるのは、そのせいかも。でもそれでは、原作者の意図したメッセージは伝わらないのではないか。価値が半減してしまう。山岡朋子(横山朋子)翻訳版 『ルス』 の場合、 「翻訳は原作者なり」 に近いのかも知れません。


女性翻訳家、と云う観点からは、これは山岡朋子さんに限らないのかも知れませんが、女性らしい細やかなところもありますね。例えば上述ドナ・カーネギーの著書 "How to Win Friends and Influence People for Teen Girls" の翻訳版である 『13歳からの「人を動かす」』 について、情報誌 『Amelia』 2007年12月号 「本の素顔」 掲載の 「山岡朋子さんのオススメ!」 で、以下紹介されています;

http://www.amelia.ne.jp/user/reading/booktown_190.jsp より抜粋


−−− 味も素っ気もないワードの原稿が、デザインも装丁も美しい本となったときは、思わず歓声を上げてしまいました。本作りに関わった方々全員に感謝しています。


山岡朋子さんには 「惚れ込んだ」 と云うよりむしろ 「強く共感した」 と云う表現が正しいのですかね、応援しなくっちゃ、と思ったワケですから。その意味では、勝田保世さんには 「心酔した」 と云うことかも。いずれにしても文章だけからその様な感情を持つ様になるのですから、やはり 「文は人なり」 は正しいですね。こうして書いている文章らしきものが 「私」 であるのは、怖いことですが。

.

*1:コロンビアでも同じ様な小説が書かれていたことを、大変恥ずかしながら今頃になって知りました。

原作者 Evelio Jose Rosero さん、原作 "Los Eje'rcitos" 、英訳は "The Armies"  この作品は別途紹介予定