遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その24 『ルス、闇を照らす者』 : わかりにくい作品? その3

プロフィールにも記載の通り、このブログの主目的は;

出版された翻訳や訳者コメント・公開されたエッセイなどを通じて、山岡朋子さんの翻訳に対する姿勢や独自のプラスαを考察

することなので、山岡朋子(横山朋子)さんの出版された翻訳のうち私が比較的得意なスペイン語の唯一のもの、即ち "A VEINTE ANYOS, LUZ" について原著・翻訳書の両方を読んだ次第。昨年11月2日付け 翻訳家 山岡朋子さん その21 『ルス、闇を照らす者』 → http://d.hatena.ne.jp/El_Payo_J/20081102/1225634181 の最後に、

−−− 以上が原著・翻訳両方を読了直後の感想。次回は上述の『素直かつ忠実な翻訳』について考察できれば。

と書きましたが、その後私生活でのごたごたで忙しくなり、そのうちクリスマス・年末年始などで延び延びとなってしまっています。今回の考察はそれと一部重なるかも。


●私はこの30年近く、フラメンコや自分の勉強を除いた大半の時間はビジネスで西語やら英語と関わっておりますので、主張がはっきりして、何より分かり易いものが評価される世界で生きていることになります。その感性でまず原著を読み、その余韻が消えぬうちに翻訳書を読んだことは既述の通り。

文学なんて久しく読んでいませんでしたから、本の分量も考えて苦労するかな、との期待?を見事に裏切ってくれた程読みやすい作品でした。構成も文章(独白および対話が多い)も一級品だからです。シチ難しいものを求める読者にとってはむしろ物足りないんじゃあないか、と思った位です。


作品の大体の構成としては;

    • プロローグ  1998年の設定   父親との再会
    • 第1部    1976年の設定   ルス誕生、その前後の事件全容
    • 第2部    1983年の設定   ルス7歳の時に起こったこと
    • 第3部    95〜98年      ルス19歳〜22歳、出産・ルーツ捜し

つまり第1部以降は刑事コロンボの様なもので、真相が先に明かされ、ルスがどの様にそれを解明して父親まで辿り着くかが展開されます。ただし目線が次々と変わりますから、慣れるまで少し大変かも。


恐らく全くのフィクションではなく幾つかの実例に基づいて書かれた半ノンフィクションと思われ、小説中登場する『五月広場の祖母たち』は実在の組織でもあり、正に事実は小説よりも奇なりを地で行く様な小説です。読み出したら止まらない。とても重い問題を扱っていますが、理屈抜きにおもしろい。舞台はアルゼンチン、読者は日本であっても、抵抗なく共感出来ると思います。子を持つ親ならなおさらですね。

原著も翻訳も同じ感動を与えてくれましたから、詳細な比較検証は行っていませんが、翻訳が忠実に行われたことは疑う余地がありません。どちらも、私の様に文学の素養なんかなくても読みやすかった。


だから、わかりにくいって云うコメントはどう考えても理解出来ない。ルスがわかりにくいと云うなら、わかりやすい作品って何なのだろう? もし販売数が伸びないがゆえに絶版?になったとするなら、明らかにマーケティングのミスですね。原作や翻訳の責任ではあり得ない。一方で、字面を追うだけで考える必要のない小説だけが売れるとは思いたくない。ファーストフードは飾ろうが大きくしようが所詮ファーストフードであり、それだけでは健康を害してしまう。噛み応え・食べ応えのある食事は絶対に必要だし、需要も必ずある筈。

すると復刊させるには、読者層を特定するか創り出さなければなりませんね。さて、どうやろうか?チャレンジングですが、言い方変えると大変難しそう。大体が書籍のマーケティングってどうやるんだろう?ネットの力を借り、無い知恵を総動員して、空腹の読者を見付ける、ってことですね。

  • なおこの考察ではストーリーのわかりやすさ・わかりにくさだけに焦点を当て、内容については敢えて触れていません。この作品の意義やら原作者の意図、当時のアルゼンチンの状況やらその背後にいたものなどは別の機会に譲ることとします。原作者・翻訳者の想いが伝えられるとよいのですが。