何故日本が尻馬に乗るのか?: 韓国海軍哨戒艦 「天安」 沈没事件 その4
世界中で展開する過去・現在進行中の覇権国主導による 「正義のための戦争」 の欺瞞と、マスコミと一体となった世論操作による思考停止 --- 米英の言い分は全て正しく悪の枢軸の言い分は全て嘘、あるいは資本主義は最終形の善であり共産・社会主義は時代遅れの悪、更にはイスラム蔑視 等々、「居心地のよい思い込み (思い込まされ)」 --- には辟易している状態で今回の隣人のトラブルを観ています。
- 哨戒艦沈没問題 真相究明求め再度通知文 朝鮮国防委
朝鮮新報 2010.5.26
−−−そして通知文は、「不可侵に関する北南基本合意書の第2章10条とその付属合意書の第2章8条の要求に照らし合わせても、南側は当然、検閲団を受け入れる措置を講じなければならない」と主張した。 (以下略)
- Military Commentator on Truth bihind "Story of Attack by North"
May 25. 2010 Juch 99, News From KOREAN CENTRAL NEWS AGENCY of DPRK
※ 今回被疑者を加害者と断定するに当たって唯一最大のキーとなるのが調査報告書ですから、被疑者にもその詳細を知る権利はある筈です。これを拒否している理由がわからない。韓国内での関連記事は;
- Pyongyang Cites Forgotten Inter-Korean Agreement for Demands
englishnews@chosun.com / May 24, 2010 11:58 KST
- [Editorial] A joint North Korea-South Korea investigation in compliance with the Basic Agreement of 1991 : Editorial & Opinion : News : The Hankyoreh
Posted on : May.24,2010 12:23 KST, The Hankyoreh
で、今回DPRKの持ち出した 『合意書』 とは−−−
- 第2章10条:
- 第2章 北南不可侵
- 10条 北と南は、意見対立と紛争問題を対話と協商を通じて平和的に解決する。
- 付属合意書の第2章8条:
- ※ 「‘南北不可侵’の履行と遵守のための付属合意書」(1992年9月17日発表) を指すと思われますが、全文が見当たりません。参考として以下紹介;
朝鮮半島における平和体制形成の可能性
2006.2.25, 康仁徳 元韓国統一部長官
−−− またこの合意書を実行するために採択した「‘南北不可侵’の履行と遵守のための付属合意書」(1992年9月17日発表)の第2章では武力不使用、紛争の平和的解決及び偶発的武力衝突の防止、不可侵境界線及び区域、軍事直通電話の設置・運用、そして南北軍事共同委員会の構成と協議問題などについての具体的な実践方案に合意している。 (以下略)
参考まで、上掲 『コリア国際研究所-KII』 に掲載された、2009年2月10日付けコリア国際研究所所長 朴斗鎮氏による 北朝鮮の脅迫政策に対する韓国の対応 も紹介しておきます。また、この機関の素性はわかりませんが、最新の記事としては 天安艦沈没事件は北朝鮮の犯行 と題された、 「元北朝鮮人民保安省将校」 (仮名にて投稿) が掲載されています。(全てが推測ですが)
さて一方、韓国は来る6月2日に 第5回全国同時地方選挙 (韓国) - Wikipedia を控えています;
−−− 自治団体長と議員の任期満了による選挙である。今回の選挙は、1995年に韓国における地方自治が復活して以降、5回目となる選挙である。また、全国規模で一斉に行なわれる選挙のため、李明博政権に対する中間評価の意味合いも強く、激しい選挙戦が予想されている。 −−− 今回の選挙は、先述した李明博政権に対する中間評価のみならず、現政権(李明博)と前政権(盧武鉉)政権の勢力同士の対決(『前政権審判』vs.『現政権審判』 ⇒ KBS WORLD Radio 参照 )という様相も加わった。 (以下略)
日程
- 5月20日〜6月2日:公式選挙運動期間
- 6月2日:投票日
このタイミングですから、現政権は点稼ぎに今回のトラブルを利用しやしないか、と云う危惧はあるでしょう。韓国の有権者が判断することですが。なお、 「前政権」 が政権を失う原因となった政策は;
−−− 2006年10月に、北朝鮮が国連などの反対を押し切り核実験を行ったと発表したことで破綻をきたした。盧武鉉大統領は非難の声明を公にし、太陽政策を打ち切るとの意図を感じさせる言動を発表したが、具体案は示さず態度は曖昧である。現在韓国国内でも、この太陽政策が北朝鮮の増長を招いたとして非難されている。そのため、それまで与党だったウリ党と野党第一党のハンナラ党の立場が逆転し、2008年に盧武鉉が大統領の座を退いた後は李明博(イ・ミョンバク)が第17代大統領に就任している。一方で立案者の金大中は「(北の核実験は)米国の強硬政策のせいだ」と主張し、太陽政策を擁護している。 −−−
なおこの機会に、朝鮮半島の分裂および近代以降の歴史についても少し私の備忘も兼ねて以下整理;
- −−− 分裂の経緯
第二次世界大戦後、連合国は日本の統治下にあった朝鮮で信託統治を実施する計画を策定し、北緯38度線を境とする2つの施政区域に朝鮮を分割した。そして、朝鮮南部にアメリカ軍が、朝鮮北部にソ連軍がそれぞれ進駐して、軍政を開始した。
しかし、朝鮮南部の民族主義者などから信託統治反対運動を受けた米ソは、信託統治の実施を巡って対立を深め、冷戦の影響もあったことから、最終的に朝鮮は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国という2つの独立国家に分裂した状態となった(朝鮮分裂)。
−−−国民意識
朝鮮半島の分断には様々な要因があるが、1948年8月13日の李承晩による大韓民国(以下韓国)の建国宣言と、それに伴う同年9月9日の金日成による朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の建国宣言が、その中でも最も大きな要因と考えられている。しかし、韓国の中央日報が2005年9月に伝えた報道によると、「朝鮮半島分断の責任はどこの国にあるか」というアンケートにおいて、アメリカ53%、日本15.8%、ロシア(ソ連)13.7%、中国8.8%という結果になっている。
朝鮮の歴史 - Wikipedia に基づく俯瞰;
【大韓帝国時代】 1897年下関条約により、朝鮮は清の冊封体制から離脱し、朝鮮国から大韓帝国と国号を改める。
【日本統治時代】 1910年日韓併合条約を結び、日本に併合される(韓国併合)
【連合軍軍政期】 1945年8月15日、日本の敗戦により朝鮮半島での日本の植民地支配終了、連合国軍の管轄になる(北緯38度線以北をソビエト連邦軍が、同以南をアメリカ軍が管轄)。ただし日本統治時代の終わりをアメリカ極東軍司令部が朝鮮における軍政を宣言した同年9月7日とすることもある様です。 *1
- 1948年 米ソ両国が、南北にそれぞれ自国の傀儡政権を立てる(8月15日に南側で「大韓民国」(以下、韓国)、9月9日に北側で「朝鮮民主主義人民共和国」(以下、北朝鮮)が樹立宣言。
- 1948年8月13日の李承晩による大韓民国(以下韓国)の建国宣言 (8月15日とするサイトもあり)
- 同年9月9日の金日成による朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の建国宣言 (ソビエト連邦の占領統治から独立)
【朝鮮戦争】 1950年6月25日、北朝鮮の朝鮮人民軍が北緯38度線を南侵することで勃発。
【現在に至るまで】
韓国海軍哨戒艦沈没の責任は出来る限り追及されるべきですが、傷付けるな・殺すな、の大原則しか容認しない私としては、 「国際社会」 に煽られての戦争再開だけは回避して欲しいですね。その意味で今回は、決して好きな国ではありません(し、そもそもそんなに良く知らない) が、中国・ロシアの2大国に期待しています。日本は全く役に立てそうにないのが残念ですが。
*1:上掲 日本統治時代の朝鮮 - Wikipedia による。