遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その57: 中米エルサルバドル のケース

中米エルサルバドルカリブ海を除く北中南米州で最小; 2万平方キロ強 (21千) ですから四国 (19千弱) より少し大きい程度; の国ですが、中米一の工業国でした。それが1980年〜1992年まで続いた内戦によって国全体が疲弊してしまった。 【地球の歩き方】 では、「−−− その内戦も'93年に終結して平和への道を着実に歩んでいる。観光客誘致にも積極的で、タスマル、サンアンドレス、そして世界文化遺産にも登録されているホヤ・デ・セレンなど、古代遺跡の整備も治安の強化とともにすすんでいる。国民は勤勉であることで知られ、首都サン・サルバドルのマーケットなどを見れば、復興期にあるこの国の活力を目にすることができる。」 と紹介されていることは救いです。



出典: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:El_Salvador_Topography.png
ウィキペディアによると国土の約10%を占める森林地帯の内80%が植林により再生したもので、自然林はほとんど残っていないとのこと。


ところが残念なことに、映画人が射殺されると云う痛ましい事件の発生が報道されました;

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090906-00000008-cnn-int
仏記録映画監督、射殺体で発見 エルサルバドル
9月6日19時30分配信 CNN.co.jp


(CNN) 中米エルサルバドルストリートギャングの記録映画を撮影したフランス人映画監督クリスチャン・ポベダ氏(52)が、首都サンサルバドルから約16キロ北東の町で、射殺体で発見された。警察が明らかにした。


ポベダ氏は顔面を少なくとも4回銃撃されていた。遺体発見現場は、同氏の映画の題材となったギャング団「マラ18」の勢力範囲内。警察は犯行動機について捜査を進めている。 (中略)


ポベダ氏は1980年代、フォトジャーナリストとして内戦時代のエルサルバドルを初訪問し、その他の紛争地域の取材を経て、エルサルバドルのギャングに関する調査と記録を開始した。


ポベダ氏の作品「La Vida Loca」 (下にYouTubeの予告編を貼り付けてあります) は、今年3月にメキシコで開催された映画祭などで上映されており、今月中に拡大公開される予定。

http://es.noticias.yahoo.com/9/20090906/tso-la-iglesia-catolica-de-el-salvador-c-64bc860.html
La Iglesia Católica de El Salvador condena el asesinato del periodista Poveda


San Salvador, 6 sep (EFE).- La Iglesia Católica de El Salvador condenó hoy el asesinato en este país el pasado miércoles del periodista francoespañol Christian Poveda, director del documental "La Vida Loca", sobre un grupo de pandilleros de la "Mara 18".


紹介された映画の予告編は;


Titulo = Trailer de LA VIDA LOCA de Christián Poveda (Asesinado)


上記紹介の2記事でも真犯人は特定されていないとのことですが、犯行場所をテリトリとするギャング団 Mara (pandilla) の名前が見られます。リンク先である西語版 Wikipedia によれば、"Mara" とは中米・メキシコの若いギャングの意味で、数字の "18" はキリスト教での 獣の数字 である666の数字の和である、あるいは縄張りとしてのロサンゼルスの18番街だとか色々ある様です。要はどこにでもいるストリートギャングですね。起源については下に掲載のIPS記事参照。


ただし今回の殺人が彼らの手によるものかは不明ですし、むしろ彼らはスケープゴートであるとの見方もあります;

http://www.news.janjan.jp/world/0805/0805016150/1.php
エルサルバドル:専門家、ギャングは完全な身代わりと語る
IPS Japan 2008/05/02
元記事(英語)へのリンクもアリ。


−−−  エルサルバドルの2大ギャング・グループは、マラ・サルバトゥルーチャとマラ18で、内戦を原因とする1980年代の大量移民時代に米国で組織されたグループだ。1992年の内戦終結後、ギャングメンバーの多くは、米国から強制送還され、母国エルサルバドルで再組織され、中央アメリカ、メキシコ南部へ勢力を拡大していった。当初は少年ギャング・グループであったが、今やそのリーダー達も40歳を過ぎている。 (中略)


−−− 法医学研究所(IML)によれば、2005−2006年に発生した殺人でギャングメンバーが関係したのは僅か12パーセントという。中央アメリカ大学世論研究所のジャネット・アグイラー所長は、「確かにギャングは暴力悪化の一因ではあるが、ギャングが組織犯罪化しており、従って彼らに対する取り締まりを強化しなければならないというのは、貧しい若者を悪者と看做し弾圧する警察国家の手法である」と批判している。


しかし歴史を振り返った時、本当におぞましいのはストリートギャングのレベルの犯罪ではありません。ここにもアメリカが登場します;

ウィキペディア エルサルバドル からの抜粋


−−− ホンジュラスとの戦争後、30万人にも上るエル・サルバドル移民がホンジュラスから送還されたことなどにより経済、政治ともに一気に不安定化し、1973年の選挙結果の捏造以降、軍部や警察をはじめとする極右勢力のテロが吹き荒れ、「汚い戦争」 *1 が公然と行われる中で、それまで中米一の工業国だったエル・サルバドルは没落していくことになる。


1979年にニカラグアでサンディニスタ革命が起きるのと時期を同じくしてロメロ政権が軍事クーデターで倒され、革命評議会による暫定政府が発足した。しかし、極右勢力のテロは続き、1980年にはオスカル・ロメロ神父をはじめとする聖職者までもが次々と殺害されていく状況に耐えられなくなった左翼ゲリラ組織ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が抵抗運動を起こし、エルサルバドル内戦が勃発した。


事態の収拾のために暫定政府はアメリカ合衆国の支援を要請し、「エル・サルバドル死守」を外交の命題に掲げたロナルド・レーガン合衆国大統領は中米紛争に強圧策を持って臨み、軍や極右民兵に大幅な梃子入れを重ねた。1982年には政府と革命勢力の連立政権が成立したが、これも極右勢力の妨害によってすぐに破綻した。こうしてニカラグアの革命政権からの援助を受けてゲリラ活動を展開するFMLNと政府軍との内戦は泥沼化の様相を呈した。


1984年にはナポレオン・ドゥアルテ大統領(民族主義共和同盟、略称ARENA 右派)が政権を担い、FMLNと首脳会談を実現した。しかし、この間政府軍・ゲリラ双方による・弾圧・虐殺・暴行が横行した。特に政府軍のそれは半ば公然と行われたが、アメリカ政府はそれを恣意的に無視して政府軍を支援し続けた。


1989年にはクリスティアーニが大統領に選出されたが内戦は収まらなかった。1992年にようやく国際連合の仲介で和平が実現し1000人からなるPKO国際連合エルサルバドル監視団 ONUSAL)の派遣が決定実施され、75,000人にも及ぶ死者を出したエルサルバドル内戦は終結した。 (中略)


−−− 内戦以前から存在する死の部隊により、現在も元ゲリラ兵士や、非行少年、ホームレスなど社会的に好ましくないと見られる存在が暗殺される事件がおきている。


さて今回映画人を射殺したのは一体誰でしょう。自分達を取材して映画にしてくれる監督はストリートギャングにとっては大事な存在だった筈ですし、監督も彼らの行動様式やらリスクは熟知していた筈ですから、彼らが手を下すとは考えにくいのですが。


上掲記事中にある、ロメロ神父殺害事件にもアメリカはSOA (現在名前と形を変えてイラクアフガニスタンパキスタン・コロンビアあたりで展開されていると思われる米州学校) 経由関わっていたことはほぼ間違いがありません;

ウィキペディア オスカル・ロメロ より抜粋


−−− ロメロは人権侵害を指示する命令に兵士たちが従わないようにと説教をしたその日 (1980年3月24日) に大聖堂脇の小聖堂でミサを祝っている間に撃たれた。ミサを録音したものによれば、彼は説教を終え、感謝の祭儀の前の祈りの言葉を唱え終えた瞬間に撃たれた。彼の暗殺は米国により米州学校で訓練を受けた2人の将校を含む死の部隊によるものだと信じられている。この見方は1993年の国連の公式報告書でも支持され、暗殺を指示したのは後に国民共和同盟 (ARENA) を創設するロベルト・ダウビュイソン少佐であったと特定した。 (中略)


『サルバドル/遥かなる日々』 - 1986年公開のフォトジャーナリストのリチャード・ボイルの実話を基にしたオリバー・ストーン監督作品。作中にホセ・カルロス・ルイス演じるロメロの暗殺が描かれる。ジェームズ・ウッズ主演。ボイルは内戦中のエルサルバドルで死の部隊による殺戮を取材している間に霊的な転向を受けた。


また、現在でもエルサルバドル (に限らないと思いますが) で 「超法規的処刑」 などを実行している 『死の部隊』 については以下参照;


お気付きの様に、山岡朋子さん (横山朋子さん名) 翻訳の 『ルス、闇を照らす者』 に描かれた国家による犯罪行為は、アルゼンチン特有のものではない。あの小説がわかりにくいと云う声があるのは、日本ではその様な犯罪の存在が殆ど認識されていないせいかも知れませんね。ストーリーの面白さ・優れた人間描写・独特の展開手法など小説として一級品であるだけでは無いのです。俯瞰される歴史に普遍性がありますから、現状を理解する上でも大変有用。それだけ価値のある小説であり翻訳なのです。

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*1:本来この言葉は、山岡朋子さん (横山朋子さん名) 翻訳の 『ルス、闇を照らす者』 の舞台となったアルゼンチン軍政時代の人権蹂躙行為を指します。ウィキペディア 参照。