遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その35  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その6: ドミニカ共和国の隣国ハイチの場合

山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』 では扱われておりませんが;

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

スペイン語・フランス語の違いはあるものの、ドミニカ共和国と1844年まで共通の歴史を分け合ったハイチも、あまり日本では知られていません。そうですね、西半球の最貧国であること、あるいはブードゥー(そしてゾンビ?) 程度ですかね?そうそう、ハイチコーヒーとドライカレーと絵画の販売を行っている「カフェハイチ」ってのもありますね。

http://www.cafehaiti.co.jp/  (時折利用させてもらっている程度ですが)


絵画については 『印象派の影響を色濃く受けた』 カラフルな絵であるヘイシャンアートがよく知られており、私個人的には大好きです。色々なバリエーションがあるみたいですが、たとえば;


出典:http://www.haiti.jp/Japanese/Art/30.html (#4699)


1697年から1804年まで 「最も利益をあげていた」 フランス植民地であるサン・ドマング (Saint-Domingue, 西語ならサント・ドミンゴですね) *1 から黒人の指導者ジャン=ジャック・デサリーヌが1804年に国号を先住民による呼び名であったハイチに改め独立を宣言。世界で初の黒人による共和国、かつラテン・アメリカ最初の独立国が誕生したことになります。


しかし独立後も国内の混乱や欧米からの干渉は絶えず、フランスは19世紀前半、フランス植民者が失った農園や財産などの賠償金をハイチ政府に請求し、ハイチは軍事的圧力の下、また独立の承認を得る代償として賠償金の支払いに応じるハメになり、長年借金としてハイチを苦しめることに。 (この旧宗主国に人権を云々する資格はあるのですかね? 欧米諸国の二枚舌にはいつもながら辟易します。)


カリブを裏庭とみなすアメリカは1915年、債務返済を口実に海兵隊を上陸させハイチを占領、1934年まで支配を続け、ハイチの対外財政は1947年までアメリカが管理し続けた。この間アメリカをモデルにした憲法の導入、分裂を繰り返さないための権力と産業の首都への集中、軍隊の訓練などを行ったが、これは現在に続く地方の衰退や、後に軍事独裁を敷く軍部の強化といった負の側面ばかり残したことも隣国ドミニカ共和国と共通ですね。


以上、ウィキペディア参照; http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%81


--- と云うことは隣国同様、独裁者による人権蹂躙がそれに続くことは当然の成り行きですね。1957年にクーデターで誕生した軍事独裁政権下、同年9月に大統領に就任したフランソワ・デュヴァリエ (当初親しみをもって「パパ・ドク」と呼ばれた) が突如1958年独裁者に転じ、その死後政権を継いだ息子のジャン=クロード・デュヴァリエ (親しみは込められていないと思うが 「ベビー・ドク」と呼ばれた。どこぞの国でもパパと息子で政権に就きましたっけね) の父子2代に渡って、クーデターで追われる1986年までハイチを喰い物に。


警察や国家財政などを私物化したこの体制もトルヒージョに劣らず 「近代でもまれに見る最悪の軍事独裁体制」 と称されておりますが、それを維持するために1958年に創設された秘密警察がトントン・マクート *2 。正式名称である 『国家治安義勇隊』 とその可愛らしい?響きとは裏腹に、拷問や、遺体の見た目を凄惨にするため時にブードゥー教の悪魔や神などに扮してマシェーテ(蛮刀)を振い、見せしめのために被害者の遺体を広場に晒すなどして反体制派を弾圧。デュヴァリエの失脚と共に86年解散された筈がその後復活、新生トントン・マクートはアリスティドら民主派に対するテロをたびたび引き起こし、現在でもFRAPHなどその残党がハイチの政界に大きな影響力を持っていることが、多分この国の癌のひとつですね。


なお1987年に制定された新憲法下民主的選挙によって選出され1991年大統領に就任した左派のアリスティドは同年軍事クーデターにより失脚、その後 「国際社会の」 圧力により1994年復帰、2001年には大統領に再選されるものの、2004年発生した武力衝突により辞任に追い込まれた経緯があります。


この背後にある 「もうひとつの癌」 については多数のサイトで紹介されています。ここではそのうちのひとつを紹介しておきますね;

http://www.hottokenai.jp/webex/vol02_02.html


--- 以前の独裁政権下で利益を独占してきたハイチの特権階級と距離をおき、最低賃金を上げ貧困問題を緩和する政策をとろうとしたアリスティッド大統領は、アメリカにとっては煙たい存在だった。このクーデターも、アリスティッドによって解体された軍部の再建を目論む武装勢力と、ビジネスに都合のいい政府の欲しい特権階級がアメリカに後押しされて引き起こされたといえるだろう。 ---


--- 山岡朋子さんのエッセイの内容とは段々かけ離れてきました。本題に入るまでの前置きが長くなりましたのでここでいったん終了、その2へ続く、ってことにします。


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