遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

クルマ・チャリの功罪 その7:  京都での2つの悲惨な交通事故

発生場所・時期ともに接近していることもあり、よほど気を付けないと混乱します。その悲惨さから報道の数も多く、考慮すべき点も多岐に渡りますが、再発防止の観点から取り急ぎまとめてみますと;


【事故1:亀岡事故 2012年4月23日午前8時前


  京都府亀岡市で小学生の列に車が突っ込む、2人死亡・8人重軽傷
    rescuenow.net、最新は 12.04.23 23:00 第4報、随時更新の筈


  未成年かつ無免許の運転者がクルマを暴走させて歩行者を殺傷した事故。責任能力の無い未成年者による事故ですから、最終的には保護者たる親の責任。


たとえ 『軽』 であっても、クルマは、運転者・同乗者まで考慮すれば軽く1トンを超える金属とガラス、プラスティック等の集合体。メーカーや販売会社がどんなに可愛いモデルやらキャラクターを駆使して宣伝しても、走るクルマが歩行者にとって凶器であることに変わりはありません。包丁だって使い方によっては殺人の凶器になるではないか、とのよくありそうな理屈は、その使用環境やらエネルギーの大きさを考え無い、無意味な比較です。 運動エネルギー は、速さの2乗と質量に比例しますから、動いているクルマとの衝突は人間にとって致命傷。 (蛇足ながらその意味で、ホームドアのないホームを急行電車が通過することも、危険極まり無い。)


一方で交通法規やら標識なんて、守る気が無ければ・あるいは見落とせば、物理的にそれを妨げる仕組みはありませんから無視することは簡単。よくある 「立ち入り禁止」 の黄色テープと同じ。事後の処罰のためには有効ですが、予防効果はあまり期待出来ない。


つまり、クルマが凶器で無いのは、(完全では無い)交通ルールとマナーを守る運転者が健康な状態で正常に運転している間だけ。でもその場合でさえ、人間である以上、わき見やら居眠り、標識見落とし等あり得るし、暴走車等による進路妨害やら衝突の可能性だって否定出来ません。


子どもを本気で守る気があって早急に対策したいなら、警察・消防などの緊急車両は除き登下校の時間帯に学校周辺を完全に車両立ち入り・車両使用禁止にするしか手はありません。校長のクルマであろうが、リッチな父兄のクルマであろうが、スクールバスであろうが。 (副次的な効果として、クルマが無ければ成り立たない誘拐・連れ去りも防止出来ます。) あるいは少し時間はかかりますし効果も100%ではありませんが、通学路を指定し、歩道・車道を完全に区別して、歩道に頑丈なガードレールを設置することも考えられます。 (なお 「人ごとと思えない」=事故から一夜、集団登校―京都車暴走 なんて逆効果です。自然災害対応やら犯罪防止のためならまだしも、固まれば固まるほど1事故あたりの犠牲者数は増えるのですから。むしろリスクは分散すべきでしょう。たとえレスラー並みの体躯の父兄が同伴したって、所詮走るクルマの敵ではありませんし。)


そのどちらも出来ないと云うなら、それは経済効率やら 『個人の権利』 の方が子どもの安全に優先すると云うことですから、この様な事故が起こってもいちいち文句を垂れるな、ってこと。近々またどこかでクルマが登下校中の児童・生徒の列に突っ込むでしょう。


【事故2:祇園事故 2012年4月12日午後1時過ぎ


  京都市祇園で猛スピードの車が歩行者をはね、8人死亡・11人負傷
    rescuenow.net、最新は 12.04.12 22:00 第4報、随時更新の筈


  成年であるてんかん持ちの運転者がクルマを暴走させて歩行者を殺傷、自らも死亡した事故。てんかんと事故の因果関係は調査中ですが、成人の行為であり、家族としては出来るだけの注意を払っていた以上、ご家族に責任は無いでしょう。ただし運転者死亡ですから、その債務を相続するのかも−−−


この事故は交差点での事故である以上、交通規制は無意味だしガードレールの様な横断歩道を守る設備が設置出来ませんから、上掲事故1より対策が難しそう。実態の無い 『運転者の資質・良識』 に頼るしかない。と云う事は、免許制度そのものの見直しなど、インフラから考え直す必要があります。 (横断歩道を廃止してすべて歩道橋あるいは地下を通す手もあり。その費用は当然クルマの使用者に負わせて。)



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ちなみに、まちあるきで他人の何倍もの距離を歩く私は、クルマの運転者を全く信用しておりません。青信号で幹線道路の横断歩道を渡る時も、赤信号側の車両が完全に停止しているか、突っ込んでくるクルマは無いか、右左折車 (実はこれが最も危険) の運転者が私に気付いているか、まで確認して渡ります。従って、見切り横断の歩行者やら信号お構いなしのチャリがいつか目の前ではねられるのを見られそう。私が注意して守ってあげられるのは歩行中の子どもだけ、オトナやチャリは勝手にしろ、です。どちらに責任があろうが、クルマとぶつかって痛い目に遭う、あるいは何も感じなくなるのは常に歩行者です。歩行者も自衛策を考えなければならない時代ですね。