翻訳家 山岡朋子さん その71 『ルス、闇を照らす者』 : アルゼンチン 過去の清算は終わらない その3
【翻訳家 山岡朋子さん その70 『ルス、闇を照らす者』 : アルゼンチン 過去の清算は終わらない その2】 の最後に紹介したメネムの恩赦について補足;
この件に関連して、2001年6月30日 株式会社ソニー・マガジンズ発行 初版第1刷 『ルス、闇を照らす者』 346〜347ページから以下抜粋します;
−−− 十四歳のとき、ラミロは軍人に対する裁判を傍聴した。裁判が行われている八十五年に訴訟記録が出版されると、むさぼるように読んだ。なんとかして父に会いたい、父の復讐をしたいと思っていたのだ。
ルスはその言葉に聞き入っていた。ラミロの表情ひとつも見逃さない。彼女は追体験して深く感動した。ろくでなしの軍人には終身刑をとラミロは言い、一緒にいた母やアントニオと乾杯した。
「もちろん、その後に命令服従法ができた。最終手段だったんだよ。彼らは裁判で有罪判決を受けたあと、恩赦されたんだ。わかるかい? 愚鈍なメネム大統領の計らいだよ。この国は記憶喪失にかかっているんだ」
命令服従法。友だちのナタリアも言っていた。この言葉に押しやられるように、ルスはラミロのベッドから飛び出し、床に座って彼と向かい合った。
「命令服従法ってどんなものだったの?」
「ルス、君はどこの世界に住んでるんだよ?」
「私にわかるように説明して。当時とても小さかったのよ」
「命令服従法は一九八七年に可決され、何百人もの殺人者や拷問をしていた人間が釈放されたんだ。彼らには責任がない、命令を受けていただけだ、とね。彼らがやっていたようなひどいことは、人から命令されてできるものだろうか」
ラミロはとてもゆっくりと言った。ルスが知らないからといって、ぼくは何を言っているんだろう。ルスの表情に気づいた彼は、彼女に近づいて抱きしめた。
「どうした? どうしてそんな顔をしているの?」
ルスは顔を背け、横を向いたまま言った。
「私の祖父は、ママの父親は、そういう人たちのひとりなの。命令服従法で命拾いしたのよ」 −−−
また、 「訳者あとがき」 (同書籍、451ページより) には;
−−− アルゼンチンのデラルア大統領は今年 (注:あとがきは2001年5月 ーーーもう9年前となりますね) になって、歴史を忘れてはならない、過去の過ちを繰り返してはならない、と国民に呼びかけた。本書に出てくる 「命令服従法」 を違憲・無効とする下級審判決もくだされた。非人道的な拷問を行っていた軍人に対する告発は、今後さらに活発に行われることだろう。
その他の中南米諸国でも、チリでピノチェト *1 の免責特権が剥奪されるなど、人権弾圧を行っていた軍部の責任を追及する動きが進みつつある。 −−−
軍部に対する責任追及を妨げたのは上掲 「命令服従法」 だけではなく、実際には以下3つセットで "leyes de impunidad" (無処罰諸法とでも訳されるのでしょうか、「恩赦法」 と呼ぶケースもあるみたいですが) と呼ばれています;
- Ley de Punto Final
公布:1986年12月24日、アルフォンシン大統領時代
廃止: 立法府による無効宣言 2003年8月、
司法府での違憲判断 2005年6月14日 - Ley de Obediencia Debida
公布: 1987年6月4日、アルフォンシン大統領時代
廃止: 立法府による無効宣言 2003年8月
司法府での違憲判断 2005年6月14日 - Indultos realizados por Carlos Menem
公布:1989年10月7日、1990年12月29日
計10 Decretos, メネム大統領
廃止:立法府司法府での違憲判断 2006年6月15日
(訂正、2010年4月26日)
- ELPAÍS 紙関連記事一覧
20 años de impunidad
ELPAIS.es 14/06/2005
名実共に刑を逃れる途は断たれた筈ですが、 汚い戦争 - Wikipedia から既に27年が経過しているため、証拠固めが難しくなるだろうし、被告の高齢化・死亡の問題もあります。更にややこしいことに−−−
- Macarena Gelman demandará al Estado uruguayo
副題 "La presentación de la demanda se hará la semana que viene ante la Corte Interamericana de Derechos Humanos (CIDH) y el principal argumento será la vigencia de la Ley de Caducidad, que aún garantiza la impunidad de los militares y policías."
Página12, 15 de abril de 2010, ABUELAS DE PLAZA DE MAYO
−−− Macarena Gelman, nieta del poeta argentino Juan Gelman - Wikipedia, la enciclopedia libre, presentará una demanda contra el Estado uruguayo por el secuestro y muerte de su madre durante la última dictadura militar. La presentación de la demanda se hará la semana que viene ante la Corte Interamericana de Derechos Humanos (CIDH) y el principal argumento será la vigencia de la Ley de Caducidad, que aún garantiza la impunidad de los militares y policías que cometieron violaciones a los derechos humanos en el país vecino. −−−
- Press Release 13 - IACHR Takes Case about Uruguay to Court
Washington, D.C., February 2, 2010
ウルグアイでも、アルゼンチンとほぼ同時期に軍事独裁政権が存在。 ウルグアイ - Wikipedia に、”1973年のクーデターにより軍部は政治の実権を握り、「南米のスイス」とも称された民主主義国ウルグアイにもブラジル型の官僚主義的権威主義的体制が導入された。1976年にはアパリシオ・メンデスが大統領に就任し、ミルトン・フリードマンの影響を受けた新自由主義的な政策の下で経済を回復させようとしたが、一方で労働人口の1/5が治安組織の要員という異常な警察国家体制による、左翼系、あるいは全く政治活動に関係のない市民への弾圧が進んだ。1981年に軍部は軍の政治介入を合法化する憲法改正を実行しようとしたが、この体制は国民投票により否決され、ウルグアイは再び民主化の道を歩むことになった。” と紹介されています。
- Ley de Caducidad de la Pretensión Punitiva del Estado
軍部からの脅迫の下1986年12月22日立法府で可決されたこの悪法は今まで何度か国民投票でその廃止が問われたものの、今日現在まだ生き残っている様子。
なおウルグアイはアルゼンチンの隣国であり人の行き来が容易、 『ルス』 本文の中でも13回その名前が出て来ます。アルゼンチンでの訴追を逃れるためウルグアイへ逃げ込めば今日現在免責となる訳で。
原告および祖父である詩人の Juan Gelman さんも、アルゼンチン軍事独裁政権による人権侵害の被害者です。原告の María Macarena Gelman García さんは 『ルス、闇を照らす者』 の主人公ルスに相当しますね。経緯については、上掲詩人に関するウィキペディア中 "El secuestro y desaparición de sus hijos y la búsqueda de su nieta" に詳しい記載あり。詩人による、まだ見ない孫に宛てた1995年4月12日公開レターが以下サイトに掲載されています;
⇒ La recherche de Juan Gelman
※ このサイトの右カラムの下の方にあります。是非一読を!!
このケースは、周辺事項が多そうなので私では完全に力不足ですが、裁判の行方も含めて別項目で紹介した方がよさそう。
(以下、その4に続く)
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*1:チリの軍人、政治家。第30代大統領(在任:1974年〜1990年)、残念ながら同様の罪を償わず2006年91歳で死亡。彼の人権蹂躙に対するコメントは以前紹介しましたが、その孫もその同類; アウグスト・ピノチェト - Wikipedia に以下紹介されています;
−−− 一方、ピノチェトの孫であるアウグスト・ピノチェト・モリーナ大尉は、弔辞で「祖父こそチリ史上もっとも偉大な人物であり、全体主義を持ち込もうとしたマルクス主義を打ち負かし、ミルトン・フリードマンの新自由主義へと目を開かせた功労者である。(ピノチェトに殺された)少数の苦しみなど気に病むに及ばない。連中の存在は、新世界の誕生につきものの産みの苦しみに過ぎない」と述べ、ピノチェト支持者の喝采を浴びたという。なお、モリーナ大尉は、演説が軍紀に著しく反したことを理由に軍を罷免された。
これは正にアメリカの対中南米政策そのもの、私などはメネム同様、ピノチェトも単なる欲ボケ・権力ボケではないか、と思いますが。