遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

自然保護、特に絶滅危惧種の保護に対する疑問の投げかけ

自然保護、特に絶滅危惧種の保護活動は絶対的に善であると云う風潮の中、ある専門家が相当思い切った発言を行いました。報道のされかたも含めて覚悟はしていたでしょうが、非難の嵐の様です。日本語への翻訳については、更に報道者の悪意が感じられます;

(以上2つは参考の目的だけで紹介)

2009年 09月 24日 14:50 JST REUTERS ロイター


−−− パッカム氏は、ジャイアントパンダについて「不運なことに、大きくてかわいいし、WWF(世界自然保護基金)のシンボルでもある。われわれはパンダの保護に何百万ポンドも(何億円も)つぎ込んできた」とした上で、「支援を断つべきだと思う。一定の尊厳をもって絶えるのを放っておこう」などと述べた。 (以下略)


この最後の報道だけ読むと、カネ食いパンダは絶滅させて構わない、との暴言にしか聞こえませんが、実際はどうだったのか?


問題の発言は、英BBC放送の司会者であり動物学者・写真家でもあるクリス・パッカム氏がラジオ・タイムズのインタビューで行ったもの。件のインタビューの全文が見当たりませんので、報道から拾ってみますと;

  • http://www.timesonline.co.uk/tol/news/environment/article6844303.ece?print=yes&randnum=1257227970265
    Let the panda die out 'with dignity', says BBC expert Chris Packham
    From Times Online September 22, 2009


    The BBC wildlife expert Chris Packham has questioned the millions spent trying to save the giant panda from extinction and suggested that the bamboo-eating bear should be allowed to die out "with a degree of dignity". (中略)


    In his Radio Times interview, Packham, a noted wildlife photographer, was especially outspoken about agricultural policy in the UK.


    "Farming policy has trashed this countryside more than any other part of Western Europe," he said. "Go into the Department for Environment, Food and Rural Affairs with a flamethrower and torch all of the stupid bureaucracy that dogs our farmers. Let's start organising fair pricing for UK farmers."


    It's not only pandas that need worry, however. Asked which animal he would not mind becoming extinct, he replied: "Human beings. No question. That's the only one."


この方はその世界では知識も経験もある有数のエキスパートですから、単に 『xxを救え』 レベルの市民活動とは別次元であえて発言されたものと思います。非難を覚悟の上での問題提起ですから、私はその勇気と見識を高く評価します。マスコミは話題性のあるところだけ取り出してセンセーショナルに書き立てますから、発言の真意はなかなか伝わりませんけどね。


上掲 Times Online 紙記事の最後の発言にクリスさんの苛立ちと無力感がよく表れています。クリスさんが本心から絶滅して構わないと考えていらっしゃる唯一の種は人間です。愛くるしいパンダについては、1種だけで保護にあまりに資金がかかり過ぎるので、残念ながら尊厳と共に絶滅するに任せる選択肢もあるのではないか、と云うのが発言の主旨と私には読めます。パンダを殺せ、なんて言っていない。過去数多くの種を絶滅させ現在も自然環境を荒廃させ続ける人間にこそ生存の権利は無い、と云う意味でしょうね。


動物園で保護・繁殖の対象になっているパンダは除くと、パンダが自然界で生息するのは中国だけですね? そのパンダの絶滅を防ぐために膨大なエネルギーと資金をつぎ込んでいる一方で、ご自分のお膝元であるUKはその稚拙な農業政策によって西欧で最も荒廃してしまった、と云う現実がある。私が更に補足するなら、それはUKに限らず、西側 『先進国』 は多かれ少なかれ同じ状況にあると思います。日本もその例外ではありませんね。ですから、優先順位を考えざるを得ないのは当然。


以上、クリスさんの問題提起から少し発展させますと;


以前バーミャンの大仏破壊に関して文化遺産と云う名の偶像を守るためにエネルギーとカネをつぎ込む一方でそこに暮らす人が飢えていることには無関心であること、アマゾンのジャングルを守れ、と声高に叫ぶ一方でそこに暮らす人の生活には無頓着であること、また環境保護をヒステリックに進展国に押し付ける先進国こそ環境破壊の張本人であることにふれましたが、結局自然保護や、優先順位は落ちますが文化財保護も、そこに暮らす人間の生活を確保するための 「利用」 とのバランスの上にしか成り立たないことを再認識すべきですね。


他方、現在地球上に何百万種の生命が存在するのかよく存じませんが、人間は、白であろうが黒であろうが黄色であろうがアカであろうが、そのうちの一つでしかないのは事実。皆等しく生存の権利があるとするなら人間の権利は何百万分の一でしかありません。しかし我々が生きているこの社会では、何百万分の一の権利しか持たない人間の生存のみが最優先のルールがあります。良い悪いではありません、その前提の上に世界が成り立っているだけのこと。1993年、スーダンの飢えた女の子の横でハゲタカが待ち構えている構図の写真を撮って公開したカメラマンが批判され、自殺しました *1 よね?



題名: スーダンの飢えた少女 / Starving Sudanese Child
出典: http://flatrock.org.nz/topics/odds_and_oddities/ultimate_in_unfair.htm


自然界では当たり前の構図ですが、我々の世界ではそれは通用しません。この写真が掲載された後、 「撮影より先に少女を助けるべきだった」 を代表とする批判の嵐が巻き起こりましたが、でも実際には状況は更に悪化している筈です。スーダンに限らず、アメリカの大好きな戦争による直接的な殺戮のみならず、破壊による間接的な餓死、砂漠化による飢えなど。


戦争やら文化財の保護やら絶滅危惧種を救うために惜しみなく使っているエネルギーとカネを、まず 「絶滅するのは自業自得であるが、ルール上そうさせてはならない人間」 に振り向ける必要がありそうです。優先順位が間違っているとしか思えません。特に子供には何の罪もありませんから。


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*1:このカメラマン Kevin Carter さんの名誉のために補足します;
国際ジャーナリズム論 / 第12回 / 報道か人命か?ピュリツァ写真論争 より抜粋;


3. 報道か人命か?ピュリツアー写真論争
ニューヨークタイムズは異例のエディターズノートで「この写真を撮影したカメラマンはハゲタカを追い払った。少女はハゲタカが追われた後、ゆっくり歩く力は十分あったと伝えている。「彼女が食料センターに着いたかどうかはわからない」とケヴィン・カーターは語っている。 (中略)



−−− スーダンの人口は73万、政権にあるイスラム教徒と少数民族キリスト教徒の間で内戦が起きている。ケヴィン・カーターは内戦のスーダンで飢餓の現実を眼にした。一日多くの子供たちが飢餓の中で死んでいくのが現実だった。子供たちはただ泣き続け、次々に死んでいく地獄のような光景がそこにあった。そのような状況の中で撮影されたハゲタカと少女だった。 (以上、引用終わり)


従ってカーターさんは決して功名心や野次馬根性でこの写真を撮影した訳では無く、自分の観た地獄を伝えなければ、と云う一心であった筈です。ただしこの写真を新聞で公開すれば何が起こるかは容易に予見出来た筈ですから、この写真の掲載を安易に判断したNYT編集者に全責任がありますね。