遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その43  『ルス、闇を照らす者』 : コロンビア バージョン その2

コロンビアと云う国に対して日本ではどんなイメージがありますか? まず何と云ってもコーヒー、ミスコン好きなら美人(3Cのひとつ)、一般的には麻薬、音楽ではクンビア、云々でしょうか。

以下、特に断り無き限りウィキペディアのコロンビア *1から参照しています;

コロンビアは(も)、豊かな自然を擁する美しい国です。自然区分によると、セントラル山脈地域、オリエンタル山脈地域、カリブ海岸低地地方、太平洋低地、東部地域、及び島嶼の6つに別れます。東部はそのままベネスエラの地形に続きオリノコ川流域平原にはジャノが、グアジャナ高地にはアマゾンの熱帯雨林が広がり、これらの地域は国土の2/3を占める。残り1/3の西部に人口の大部分が居住;


出典:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Colombia_Topography.png
ウィキペディアより参照


ただし治安に関してはあまりよろしくは無い。外務省によると例のインフルエンザ関連を除き、今日現在、地域によって:「渡航の延期をお勧めします。」、「渡航の是非を検討してください。」、「十分注意してください。」の3つが発出されています。*2


国際メディアの報道から感じ取れる一般的な情勢認識としては、コロンビアは40年に渡る内戦あるいは紛争状態にあり、左翼ゲリラ・極右の準軍組織・麻薬組織などにコロンビア政府は手を焼いているが、合衆国からの莫大な援助により最近治安は良くなりつつある、ってところでしょうか。現政権には概ね好意的であり、人権問題が存在する様な記事は見当たらない。しかし実際には、合衆国の主流メディア (従ってそれを盲信する日本のメディア) の報道のほとんどが、コロンビア政府と米国政府の見解を反映するものになっており意図的に偏った報道となっているため、紛争の実態が歪められて伝えられています。 *3


最近コロンビア・ジャーナルに記載された記事の一覧は、主に益岡さんのHP http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/colombia.html によると;

  • Uribe’s Latest Misfirings Against the FARC(2009年5月11日付け、未翻訳)
  • 人権侵害に対するコロンビア政府の関与(2009年5月12日)
  • プラン・コロンビア:アフガニスタンでの新たな軍事戦略?(2009年4月29日)
  • 強制退去、失踪、超法規的処刑がウリベ政権下で増加(2008年10月19日)
  • コロンビア革命軍レジスタンスを検証する:ゲリラ戦は終わっていない(2008年9月10日)
  • コロンビア紛争をめぐる認識の歪み(2008年8月17日)


コロンビアの歴史からこの紛争なり内戦の根っこを見つけることはそう難しくはありません。途中の過程をすっ飛ばして私見申し上げれば、この国のエリート達が、サンタンデル派 (=連邦派) の流れを汲む自由党シモン・ボリバル派 (=中央集権派) の流れを汲む保守党両党による文民政権を維持する (=軍政を許さない) ため妥協を繰り返し、選挙不正やら買収工作やら暗殺などにより腐敗が進み、結果として人口の大部分を周辺化してしまったため、と思います。

ウィキペディアによれば、それに加えて、かつて国民の倫理的な規範に国家よりも遥かに強い影響を与えていたカトリックに代わる新しい世俗的な倫理が生み出せていないことが多くの悲劇的な凶悪事件を生み出している、とのこと。これって、日本にも当てはまりますね。


コロンビアの暴力の歴史について恐らく最も的確に記述しているのは、ギャリー・リーチさんが99年5月コロンビア・ジャーナルに寄稿した "Fifty Years of Violence" url = http://www.colombiajournal.org/fiftyyearsofviolence.htm 、邦訳 『暴力の50年』 url = http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/colhist.html でしょう。


さて以上がコロンビアの 『暗部』 の概要ですが、以下、 【翻訳家 山岡朋子さん その42: 文と書き手の関係 その3 − 『ルス、闇を照らす者』 のこと】 で紹介しました、Evelio Jose Rosero さん *4著、原題 "Los Eje'rcitos" 、英訳は "The Armies" のことについて。


  
作家の写真出典 = http://en.wikipedia.org/wiki/File:Evelio_Rosero.jpg


この作品は2006年スペインで出版されておりましたが、本年5月14日付け guardian.co.uk にて同作品が "Independent foreign fiction prize" ( "Independent" は、ロンドンの地元紙 THE INDEPENDENT を指す様です) を受賞したことが報道されて *5初めてその存在を知った次第です。Anne McLean さんによる英訳の質も恐らく受賞に貢献したものと思われます。なお英訳本はまだ入手不可の様子; http://www.amazon.com/Armies-New-Directions-Paperbook/dp/0811218643/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1243169103&sr=1-1 受賞を機に出版されるのですかね。


●あらすじ: *6 訳の質は問わないで下さいね。

  • 引退したイスマエル先生とその妻オティリアがサンホセ (注;コロンビアの架空のまち) に悠々自適に暮らして40年になる。イスマエルは近所の奥さんのことを詮索するのが大好きなものだから、オティリアは恥ずかしくて夫を咎めるのが常である。まちののんびりとした雰囲気が無くなってきた。幾つかの家族が消え始め、サンホセの住民の中に、もっと深刻なことが起こる前ぶれではないかと云う不安が拡がった。ある朝イスマエルが散歩から戻ってみると、何の軍隊かはわからないが兵士達が近所の人たちを連れ去ったことを知った。聞いたところでは妻もイスマエルを探していた様だが、妻は見当たらない。襲撃は続き、連れ去りが頻発し暴力がひどくなった頃には、生き残った者たちは手遅れにならないうちにまちを出ることにした。しかしイスマエルは荒れ果てたまちに残る途を選んだ。彼にとっては暗い、先の見えない決断だった。


●作者のコメントなど: *7

  • アルバロ・ウリベ大統領は国民の意思を無視してゲリラとの対話を打ち切り、武器だけを唯一の解決策としたことがコロンビア軍を戦争に駆り立てている。作品中に反映されている事実は全て現実であり、新聞記事やTVニュース、特に住まいを追われてカリ市に住む人たちの証言に基づくもの。これら裏付けのある事件こそが小説に形を与え、ストーリーをまとめている。
  • 小説を書くこととなったきっかけは、現実を目の当たりにして私自身が呆然自失したこと; 人の死、虐殺行為、拷問、行方不明者の膨大なニュースに傷つけられ、自分の祖国が恐ろしくなったこと。当初暴力について書くつもりは無かったのだが、痛みに慣れっこになってしまったコロンビア国民の間に無関心の様なものがぼんやりと見えだした。皆の無感覚や無力感に突然絶望感やもどかしさを感じ、その 「お祓い」 のためにも書かなければ、と云う衝動にかられたのが動機のひとつ。
  • 創作の目的は、紛争に苦しめられ無防備の、仕事を探すが戦争のためそれが出来ない我々の置かれた非人間的な状況を文学の形で見せること。度重なる殺りくに慣れてしまった読者が無関心から抜け出してこれることを期待する。
  • 報道された事実から出発する手法と 「物語、イマジネーションと文学」 と云う作業によって作者はコロンビア社会に、ゲリラや麻薬組織など様々な軍隊 (注:この小説の題名) が参加し、民間人のことは一切気に留めず社会を荒廃させながら半世紀以上に渡って続く紛争の中に隠れてしまう人物の日常を見せる。
  • 身の危険を顧みず、まちから逃げないと云う主人公イスマエルの決断は、妻は行方不明であるが生きているかも知れない、まちを立ち去るのは妻の死を受け入れることだ、と云う、こんな状況でもまだ変えられると考える多くのコロンビア人の象徴と云える。主人公と作家自身の相似は無いが、いままで国外で暮らすことも出来たのに実行には移していない、と言う。「特に紛争にさらされている人達にとっては日に日に状況が厳しくなっているが、メデジンボゴタと云った都市ではそれが感じられないのは事実。住まいを追われて暮らす人達は存在しない、つまり見えないのだ。」
  • この本を書くために二年半以上を費やした。出版されたものの倍の量を当初執筆したが、文章にスピード感を与えるため最終的に相当数の章を割愛した。脱稿した時にはエネルギーを使い果たしてしまい、インタビュー時点 (注:2007年4月?) では新たな創作が出来る状態ではないし、もうこのテーマについて扱うつもりも無い。
  • 我々が皆一粒ずつ砂粒を持ち寄ることで、文学は現実を変えそれを読む人の世界観を変えられる。私自身この創作活動でそれを体験済み。軍事活動でゲリラをせん滅するのは不可能だが、対話と知恵と理性で乗り越えられる。
  • 私自身、書くこと無しに自分の生きる目的は語れない。私は文学を通じて世界を観るが、それはとても人間的な観方のひとつであると思う。

この本と 『ルス』 を読み比べるのは、文学の観点から大変おもしろそうです。ただしこの本は、正に今世界から隠された状態で進行中の事実であることを忘れてはいけませんね。


(作品を読み終えたら、この続きを書きます。)


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*1:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2

*2:http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=248

*3:Colombia Journal 2008年6月 ギャリー・リーチ 『コロンビア紛争をめぐる認識の歪み』
url = http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/coldp.html
Colombia Journal 2007年5月7日 ギャリー・リーチ 『コロンビアの人権危機をめぐるワシントン・ポスト紙の社説』
url = http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/col256.html など参照

*4:1958年生まれ、ボゴタ在住。
Wikipedia url = http://en.wikipedia.org/wiki/Evelio_Rosero

*5:url = http://www.guardian.co.uk/books/2009/may/14/colombian-independent-foreign-fiction-prize

*6:http://www.tematika.com/libros/ficcion_y_literatura--1/novelas--1/general--1/los_ejercitos--480451.htm 参照

*7:http://terranoticias.terra.es/cultura/articulo/evelio_rosero_ejercitos_1560051.htm 参照。2007年5月9日 (あるいは9月5日?) メキシコシティーで行われたEFEのインタビュー記事、題名は "El miedo y la angustia llevaron a Evelio Rosero a escribir 'Los Eje'rcitos'"
http://www.periodistadigital.com/ultima_hora/object.php?o=615515 参照。2007年4月4日、EFEのインタビュー記事。上記と同じ? 題名は ""Los eje'rcitos" de Rosero narra la realidad olvidada del conflicto colombiano"