遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳家 山岡朋子さん その8

http://shuppan.sunflare.com/tosho/4_sotoha.htm

山岡朋子さんの上掲エッセイに触発され、早速近所の書店で蘇東坡−上下巻(講談社学術文庫、創刊30周年記念復刊)を購入。昔、学校で習った「漢文」ってのが苦手で食わず嫌いだった分野ですが、きっかけさえあれば読む気になるもんです。

著者林語堂さん、日本語の呼び方は「りん ごどう」、英語表記だと
"Lin Yu-Tang" さんによる『序』を読んだところで気になったことがあり今日はいったん中断。

合山 究さんによる翻訳書なので原著は日本語以外の言語ですが、では何語なのか?著者も伝記の対象である蘇東坡も中国人ですから当然中国語かと思いましたが、序に

  • 『--- 私はそれまで、彼について本を書くか、あるいは彼の詩や散文をいくらか翻訳できたらとおもっていたが ---』

とあるので奇異な感じがしました。翻訳?
で、かまわず読み進めたところ、序の終わりの方で;

  • 『--- 脚注をつけても、大多数の米国の読者には、実際的価値はないだろう。 ---』

とあるので、ひょっとするとアメリカ人読者を想定して英語で書かれたものなのか?おいおい調べてみることに。

ちなみに蘇東坡の英語表記は "Su Dongpo"、蘇軾の場合は "Su Shi"。ネット上の英語のサイトで中国人の情報探すのは意外と面倒ですね。英語表記を知らなければならないので。

林語堂さんのことを調べていたら、翻訳に関する以下の様な考察を見つけました;

  • 翻訳論について、林語堂は「忠実・通順・美」(忠実読みやすい美しい)という見解を出しました。翻訳の三基準について彼は次のように語っています。
    • 「翻訳の基準にはおそらく三つの基準が含まれているだろう。ここではその優先順にそって検討していきたい。第一は忠実さの基準、第二は読みやすさの基準、第三は美しさの基準である。この翻訳におけるトリプルスタンダードは、厳復の『翻訳の三つの難しさ』とほぼ合致する。忠実さは『信』、読みやすさは『達』であるが、翻訳を詩歌や戯曲などの芸術作品との関係で考えると、もちろん『雅』だけで全てを代表することはできない。だが、かりに呉汝倫の言うように『簡潔さを損なっても、真実を曲げてはならない』原則を守るのであれば、きわめてエレガントに名付けられた『信達雅』の三基準に、上述の三つの側面が含まれると考えてもかまわない。しかし、『信達雅』の達成は、相当たやすいことではないことを、我々は銘記する必要がある」


忠実さとは翻訳元言語を正しく理解する能力、読みやすさとは翻訳先言語を操る能力、美しさとは翻訳者のプラスαってな風に合致しますね。嬉しくなっちゃいました。

山岡朋子さん、エッセイをもっと書いて下さい。発展性がありますので。