遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

翻訳? 今日は変わりダネを

http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001

今日ケータイをいじっているうち、上記urlにたどり着きました。ハナシには聞いていたが、読むのは今日が初めての「ケータイ小説」です。作品は『あたし彼女(kiki著)』、第3回日本ケータイ小説大賞の受賞作品の様です。

今の若い人の口語で書かれたもの、私は別に偏見はありませんから抵抗なく読めましたが、途中で中断。

挫折した訳ではなく、全429ページ 読むためには多分428回クリックして429ページの小さな画面見なければならず、そんな時間ね〜な、目も更に悪くなりそうだし、と気付いた次第。で、あらためてパソコンから検索したところ、

http://d.hatena.ne.jp/konaken/20080927/1222520200

『藤棚の上。』と云うサイトに現代語訳があること発見;

  • 某人が「あたし彼女」を5ページで挫折して読めなかったそうなので、かんたんに現代語訳してみました。「トモ」の章その他、大幅にはしょった部分もありますが、話の内容を抵抗なく知りたい人はご覧ください。

とありましたので、あらすじを読んで済ませた次第。ストーリーは非常にまとも、と思いました。ついでにパソコンの画面でオリジナルも飛び飛びに読んでみましたが、決して悪くないし、理解不能とは云えない。むしろこころに直接響くものがある。無知丸出し、プアな語彙、稚拙な表現の文章だがストーリーがよいので評価されている、との意見には同意しかねますね。ケータイ「小説」と分類されているものの、実際に書かれているのは文章ではなく、ほとんど独白ですから。こんなのもアリですよね。

で、オリジナルの作品そのものについてはこれ以上論じないとして、ここでおもしろいと思ったのは、若い人の口語を現代語訳した、と云う点。オリジナルは上述の様に決して理解不能ではない。するとこの『翻訳』の意義は、恐らく、ケータイ小説から通常小説への意訳、あるいはケータイ小説への嫌悪感・拒絶を除去するためのオキカエ、あるいはパソコン画面での一覧性を高める作業ってことになるのでしょうか?

同じ日本語間でも、たとえば源氏物語の現代語訳などとは随分趣が違いますね。さてどう解釈すべきか? (多分次回以降へ続く)