遊蕩爺の漂浪メモ

『翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記』 より移行

アメリカの愛国心、日本の??

早いもので、 『同時多発テロ』 から明日で8年となります。9−11については改めて明日考察しますが、今日は9−11を機に 「強化」 された感のある 「愛国心」 について。ただし子ブッシュがここぞとばかりに制定した 米国愛国者法 は除きますが。最近以下記事が掲載されました;

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090908-00000009-maiall-int
<米大リーグ>愛国歌斉唱しない観客、球場外に出され提訴 NY市2万ドル支払い 9.11から8年
9月8日10時44分配信 毎日新聞


−−− ニューヨーク市警の警察官2人が、カンポロリアンさんの前に立ちはだかり「どこへ行くんだ」と声を荒らげた。「歌に興味はない。トイレに行くだけだ」と答えるカンポロリアンさんの腕を警察官はひねり上げ、「愛国歌を好きでない者は国から出て行け」と言った。カンポロリアンさんはそのままチケットを取り上げられ、球場から追放された。


 米同時多発テロ(01年9月11日)をきっかけに米国のスポーツイベントでは愛国歌が繰り返し歌われるようになった。しかし、この8年でその数は減り、毎試合歌を流すのは今では、同球場以外ほとんどない。 (中略)


 結局、カンポロリアンさんは、人権監視団体「NYCLU」に相談し今年4月、移動の自由が侵害されたニューヨーク市と球団を相手に賠償を求めて提訴。球団は「移動規制はしていない」と主張したが市は7月、カンポロリアンさんと弁護士に計2万2000ドル(約207万円)を支払うことで合意した。NYCLUのリーバーマン代表は「球場が愛国心強制の場所でないことを確認できた。表現の自由の勝利だ」と話す。


 カンポロリアンさん自身、同時テロ直後には強い愛国心を感じていた。しかしイラク戦争をはじめとするその後の米政府の政策で、「愛国心を押し付ける空気が作られているのではないか」と冷めた気持ちになったという。「米国は中東で自分たちの価値を強制している。私の小さな経験はそれと通じている」と言う。


ここで実際に 「侵害」 されたのは、国歌を斉唱しなくてもよいと云う自由ではなく、表向きトイレに行くと云う移動の自由に過ぎません。もしこのひとが 「国歌なんてxx喰らえ、馬鹿馬鹿しいからx便して来る」 と言って放り出されていたら、コトの経過も結果も随分違ったものとなっていた筈です。この点実にくだらないハナシと思いますが、しかし自分の体験から自国の外交へ視点を移せるアメリカ人もいることに少しだけほっとした次第。


アメリカにおける 「国家・国旗への忠誠」 の涵養と云うか教育について非常に分かりやすく解説していると私が評価する才媛ジャーナリストとそのサイトを紹介します;

英語タウン内 ジャーナリスト 西森マリー 先生 の
「アメリカン・カルチャーを知る英語講座」


専門的なものとしては、例えば アメリカ合衆国における国旗に対する忠誠の誓い(PDF) など参照。また、他国の例としては、同じく例えば文部科学省HPから 4 諸外国における国旗,国歌の取扱い あたりが参考となりそう。


で、日本はどうか? それがいいことなのか好ましくないことなのかはわかりませんが、「愛国心」 やら 「国旗」 やら 「国歌」 などは全て 「日本を戦争へ駆り立てた道具」 として否定的な観方が過半数の様に見えます。国家が個々の家庭の集積であるとするなら、「愛国心」 なんて確かに強制されるべき性格のものではありませんね。「いや、我が家では家族旗と家族歌を作って毎日掲揚・斉唱することで家族愛を育んでいる」 ならそれは大変結構、尊重します。でも大半は、偶像崇拝をしろと言うならその場限りしてもよいが強制されるのはイヤ。しかし自分の国は大切と思っている、と云うことでは? 夫婦間で毎日 "Mi cielo, 愛してるよ" と言わなければリコンにまで発展しかねない文化圏とは異なるのかも。


でも実際のところ、外交儀礼上 (慣習に過ぎない筈とは言っても) 国旗掲揚・国歌斉唱の場合は起立して国旗を見て国歌を歌わなければなりませんし、国によっては更に胸に手を当てるケースもある。 (相当) 昔xxオリンピックの表彰で日の丸が3本上がって大感激したこともありますし、若い選手などでもその様なことはある様です。だから、オリンピックやらWカップなど世界規模での競技会の表彰で選手が国旗から顔をそむけたらどうなるか、誰かやってみてくれないかなぁ。偶像崇拝は常に悪である、と主張するなら当然のことと思いますがね。