小野田寛郎さん死去
小野田寛郎 | 横井庄一 | 残留日本兵 |
小野田さんが帰国された時のことは横井さんの帰国同様によく憶えています。折角 先の戦争 を生き延びられたのに敗戦を知らず、29年を失って人生を大きく狂わされたのは間違いないでしょう。一方、その長いタイムトンネルから抜け出した小野田さんは、大日本帝国とその誤ちを今更美化・正当化したいヤカラに利用された様な気もします;
左写真出典:
小野田寛郎プロフィール
◆小野田自然塾
当記事投稿時、トップページに平成26年2月3日付け 『「小野田 寛郎 お別れ会」のご案内』 が掲載されています。
◆故小野田寛郎氏(元陸軍少尉)のお別れの会
読売新聞 2月3日(月)14時36分配信
左写真出典:
Japanese holdout
◆【ブラジル】小野田寛郎さんが死去 ルバング島で戦った30年
サンパウロ新聞 1月21日(火)2時59分配信
◆「戦前の美徳を体現」=小野田さん訃報、大きく掲載―米紙
時事通信 1月18日(土)16時16分配信
◆ルバング島で潜伏29年、小野田寛郎さんが死去
読売新聞 1月17日(金)11時40分配信
◆小野田寛郎さん死去、終戦知らずルバング島30年間任務続行
2014.1.17 10:00、イザ!
◆貫いた誇りと「不撓不屈」 40年前の取材キャップが見た小野田寛郎さん
産経新聞 1月17日(金)19時25分配信
◆Imperial Japan's last 'holdout' soldier dies
Last updated: 17 Jan 2014 10:32, Al Jazeera English
"Hiroo Onoda, who waged World War Two in the jungles of the Philippines until 1974, was last Axis soldier to surrender."
◆Hiroo Onoda: Japanese soldier who refused to surrender for 29 years has died
Friday 17 January 2014, The Independent
終戦を知らずに世界から隔離されて 『闘い続けた』 残留兵士は、勝敗にかかわらず彼らを送り込んだ 『祖国』 による戦争の犠牲者。山賊として処刑されたり発見されずに朽ち果てた方々も少なからずいらっしゃったのでは? なお同じ様な悲劇は兵士に限らない様で;
◆戦火逃れ、密林で2人きり40年 ベトナムで父子保護
2013年8月10日17時38分、朝日新聞デジタル
◆'Jungle Men' found hiding from horrors of the Vietnam War four decades after their family were wiped out by mine explosion
Friday 09 August 2013, The Independent
◆旧日本兵、ミャンマー辺境で数年前まで生存か
読売新聞 2013年1月29日(火)8時3分配信、(リンク先既に削除)
自衛のためだろうが身勝手で独善的な大義名分のためだろうが、『戦争』 は 『平和を希求する』 国家の究極の外交失策であり 『国民』 および地域に対する最大の裏切り行為でしょう。某独裁政党の下戦後某国に隷属することで繁栄を享受して来た日本は、 残留日本兵ならぬ 『残留孤国』 と云えるのでは? その隷属を 『同盟』 とすり替えて強化しようとしている現在の日本は右傾化などではない、ネオナチ化している様にしか思えませんね。『同盟国』 扱いされた某国でさえ引いている様だし。
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